投稿

Oさんの場合 4

イメージ
 O さんは、音楽が大好きです。 「言葉の教室」以来、 歌う声も 聞き分けることが できるように なりました。 (私の贔屓目もあるかもしれません。) もちろん.「オンたの」にも参加。 最高の笑顔で音楽を楽しんでいま した。 カホンと言う楽器を叩いて、 ニコニコだった様子が ホームページに 掲載されています。 当時、平井堅さんの全盛期。 (平井堅さんごめんなさい。違うかもしれません。音楽は疎いもので。) 「大きな古時計」 が大流行していました。 MDで (時代を感じます。知らない人もいるかもしれませんが、 そ のような媒体があったのです。) 何度も古時計が再生され、 本人も口ずさんでいました。   言葉を出せなかった頃を知っているものとしては、 この状況を驚く しかありませんでした。 そして、感動が訪れます。 満員の体育館で、 O さん は平井堅張りに「大きな古時計」を ソロで歌い 上げます。 情感たっぷりに。 1000回以上聞いた私でも、 あの日の O さん には 心 を揺さぶられました。 前回へ   次回へ

オンたの・ビたのパーティー②

イメージ
 コロナ禍で活動が中止になったり、自粛したりした年をのぞいて、このオンたの・ビたのパーティーは続きました。 出し物のクオリティーも年々上がってきました(?)。 みんなを楽しませようと、親子で考えてくれる方も!! オンたので歌ったから、とか、練習したからとかではなく、日ごろから家で練習したり、好きでしていることを発表してくれる方も!! そして、毎年恒例なのが保護者さんたちの歌です。 歌は毎年決まっています。 「365日の紙飛行機」。 この曲を毎年強制的に!? !?保護者さんに前に出てもらって歌っていただいています。 2015年にリリースされたAKB48の曲です。(歴史を感じますなぁ) ♪時には雨も降って涙も溢れるけど思い通りにならない日は明日頑張ろう とにかく毎年楽しい1日になるこのパーティーです。 来年1月6日もとても楽しみ。今年はどんなみなさんとの時間が過ごせるかなぁ。楽しみにしています。 前回へ   次回へ

オンたの・ビたのパーティー①

イメージ
  2024年1月6日(土)にオンたの・ ビたのは合同でパーティーをします。 (その前にパンたのがありますが、 そのパンたのではパーティに参加したみなさんにお持ち帰りいただ くお菓子作りを計画しています。) 今年のオンたの・ビたのパーティーは、久しぶりに10:00〜 14:00とお昼を挟んでの時間を計画しています。( 数年間はコロナ禍で中止したり、午前中開催にしたりしました。) 2024年1月6日(土)のパーティに向けて11月から少しずつみなさんと話し合いな がら内容を決めてきましたから、当日が今から楽しみです。   パーティーは2014年10月19日にオンたの5周年を記念して 大分市大津町の大分県身体障がい者福祉センターで行ったのが初め てです。 オンたのが5周年だったので、くす玉を割ってお祝いしました!! その後、2016年1月9日(土)にもパーティを行い、 それ以降、オンたのビたのの恒例行事となりました。 ひとりひとりの出し物あり、保護者さん全員での歌あり、、、 懐かしい写真を見ながら注文したお弁当を食べ、 ビンゴゲームで締めくくるのもこの時から変わっていません。 いつものオンたの・ビたのとは違うタイムスケジュール、そして、内容で、毎年、楽しい楽しい1日となるのです。 前回へ   次回へ

Oさんの場合  3

イメージ
 「 ヤマたの」にも参加していました。 歩くことへの抵抗感は全 くありません。 山用の服装を着こなし、登山靴を用意しての参加でした。 (「ヤマたの」は登山靴をお願いしています。) お母さんは、「歩くのは大丈夫でしょうが・・・」 かなり心配されていました。 まあ、大丈夫でしょう。 軽く返事をしましたが・・・。 集団での活動は、苦手なことが多かったからなあ・・・。 先頭を歩くのが好きな自由人だからなあ・・。 また、食べることにはこだわりが強く、時間もかかるからなあ・・。 トイレもこだわりが強かったので、 「ヤマたの」でのスタッフは鍛えられたと思います。 それでも、何年間は、続けて参加することができました。 機嫌よく 山服で 集合時間の少し前に表れていました。 事件が起こります。 その当時は、新生支援の駐車場が集合場所でした。 Oさんは、出発、ギリギリの到着になり 参加者はすでにバスに乗車が完了していました 。 Oさんは、1 番にバスに乗ることにこだわっていました。 Oさんは悔し涙を 流して大泣き。 こうなると中学部時代は、1時間は動きませんでした。 バスに乗らない Oさん を 他の参加者は、辛抱強く待ってくれています。 1分経過。 2分経過。 3分経過。 4分経過。 5分経過。 みんなの焦りが時間の経過とともに・・・・。 いろいろ声をかけましたが、本人は動こうとしません。 Oさん のために、 先頭の席を空け、 スタッフの小野さんが O さんを 抱えてバスの席まで運びました。 お姫様抱っこで。 素早かったこと。 それまで大暴れで抵抗していた Oさん でしたが 席におろしてもらっ た瞬間、 満面の笑みで お母さんにバイバイと手を振っていました。 変わり身の速さにスタッフ一同 ニコニコにさせて貰いました。   前回へ   次回へ

Oさんの場合 2

イメージ
  Oさんは、2006年から「サカたの」に参加。 お母さんといつも一緒にグランドに歩いてやってきました。 いつも正確な時間で、 10時ちょうどにグランドに到着するような Oさん でした。 サッカー部の3・4年生が中心となって ボールを蹴ってい ました。 学生が左足の15センチ前にボールをセット。 Oさん が左足のインステップでゴールへシュート。 ゴールの学生が、正面のボールは止めて。 サイドに飛んだボールはゴール。 ゴールの学生がセットする学生にパスをし セットする学生が左足の15センチ前にボールをセット。 これを10分× 5本 = 50分 毎回行っていました。 ゴールが決まると、学生がすごいと盛り上げ Oさん は 「グフー」 と手を口に当てながら 天を仰ぎ最高の笑顔で喜びを表現していまし た。 休憩を挟みながら、 学生と楽しいサッカーをしていました。 Oさん は、こだわりが強く、 一度決めると変更が難しいタイプの人。 「サカたの」には必ず歩いてくる。 スポーツのできる服装でくる。 休憩時間に、ペットボトルを一気に飲み干す。 など Oさん のルーティーンは多岐にわたっていました。 3・4年生の学生は、 引き継ぎをしながら Oさん の特性を理解した対応をしていました。 Oさん によって.学生たちも成長しているようでした。 と言うのも、ある事件がありました。 Oさん は、 散歩しながらコンビニでアイスを買うのを日課としていました。 (すごいですよね。さすが、バス通学をした人です。) その日もお母さんから小遣いをもらい、 1人でコンビニに出かけました。 違ったのは、いつものアイスがなく、 仕方なく違うアイスを買わざるを得なかったこと。 残念ながら、 小遣いでは買えないアイスをレジに持っていきました。 どうなるか? 想像できますよね。 そうです。 お店の人は、お金が足りないので買えませんよと 説明をします。 Oさん は、「うー」と怒ってアイスを奪おうとします。 コンビニは大混乱です。 そこに、 Oさん を担当したこともある学生が登場します。 どうなるか? 想像できますよね。 Oさん は、ピンチを救われて もう溶けてしまっているアイスを大事に抱えて お家へ歩いて帰りま した。 すごいのは 学生。 すごいのは お母さん。 すごいのは Oさん のめぐりあわせ。 救世主が現...

Oさんの場合 1

イメージ
Oさんとは、 中一の時に初めて出会いました。 実は、  Oさん は3人兄弟の末っ子です。 私は、長男であるお兄さんのクラス担任でし た。 家庭訪問をして、 0歳から1歳の  Oさん に会ってた可能性があります。 お母さんに10年以上ぶりに再会して、 あの家庭訪問の事を思い出しました。 療育手帳のA2をもち、 表出言語 のないOさんでしたが、 愛嬌のある典型的な ダウン症候群 の中学1年生でした。 こちらの言う事は? ほとんど理解して、活動していました。 特に音楽が好きで、彼なりの理解で発声をしていました。 おちゃめで、 ユーモアのセンスがあり、 こだわりもあり、指導に不慣れな私は 毎日が悩みの連続でした。   仲良くなりたいと 手を変え、 品を変え いろいろ本を読んだり 試行錯誤の連続でした。 お母さんの希望で自力通学をしたいと バスのトレーニングをしまし た。 1人でバス停から学校まで歩いている彼に 毎日付き添いました。 3ヶ月もすると、 1人でバス停から学校。 学校からバス停。 バスを選んでバスに乗れるようになりました。 本当に素晴らしいと思いました。 表出言語の勉強されている教師がいて、 Oさんに言語教育をしてくれました(ことばの教室です)。 なんと1年生の秋には、 「テ・リ・テ・リ」 と言えるようになりました。 私はいつもトイレで 「ま つ お 」と 大きく口を開けて本人に教え込みました。 ある日 「ま・ひ・お・テ・リ・テ・リ」と発音してくれました。 「テ・リ・テ・リ」とは  わかりますよね。 Oさんの「先生」なんです。   Oさんなりの言語です。 あの Oさんの笑顔と声がいつも思い出されます。 前回へ   次回へ