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9月, 2023の投稿を表示しています

パンたの

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  ノウたのと同じタイミングで「パンたの」が始まりました。 パン作りを通して楽しい時間を過ごそう「パンたの」です。 第1回目は2023年11月6日(土)。 オンたの・ビたのと同日(毎月第1土曜日)の朝8時30分から10時まで、ポプラの家で楽しく活動しています。 コロナ禍で"おうち時間"なんて言われるようになった2020年。 スタッフ平野は、時間を持て余して(?!)自宅でパン作りを始めました。それがまぁ、なんと楽しくてしょうがない😀。 ずっと続けて自分のSNSで発信しているうちに「『パンたの』やれば?」と提案されました。 すぐさま、料理やお菓子作りが得意なビたのスタッフ安部さんに「いっしょにやってくれませんか?」と打診すると。。。 「『パンたの』?なんて素敵な響き!!」と二つ返事で承諾を得ました👍。 とはいえ、パンには発酵がつきもの。1時間半の活動時間で果たしてパンができるのか?? それがけっこうレシピもいろいろあって。こ~んな美味しいパンができるもんですゎ。1時間半でも。👌。 現在登録者は8名。ポプラのキッチンは満員御礼のため、現在は募集を停止しています。 材料を量ることも、こねることも、 初期に比べると とても上手になりました。 レシピを見ながらパン作りできる方が増えました。 これからもおいしいパン作りを楽しく!!

ノウたの

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  ノウたの 一気にほぼ現代まで。 2021年10月 「ノウたの」が誕生します。 「ヨカたの」 には 就労に特化した活動が必要だと感じていました。 一般就労 と言われるものです。 療育手帳を使って障がい者枠で就労し、健常者と同じ職場で働くの が一般就労と言われています。 考えただけで、そこにはいくつものハードルがあるのは想像できる と思います。 一緒に働く人の理解 本人の働くことへの理解 健常者と一緒に働く上でのコミュニケーション力 などなど。 そのハードルは多岐に渡ります。 それを超えていくことが一般就労への道になるのです。  本人の力の要請は言うまでもありませんが、社会の理解も不可欠で す。 そこで考えたのが 「ノウたの」 です。 「 ノウたの= 農業を通して楽しい時間を過ごそう」 「準備・作業・片付け」をしながら、 一般就労に必要な力を要請しよう。 嬉しいことに4月から一般就労者が誕生しました。 「ノウたの」 の中でも、飛び抜けて活動ができる人。 第2第3の一般就労者が出るように.楽しみながら農業をしたいと 思います,

Instagram

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 「 ヨカたの」関係には らくらく連絡網 ホームページ そして、「Instagram」がある。 「 ヨカたの」の「Instagram」 は2018年1月スタートし平野さんが担当 している。 「知的障がい者選抜チーム」の「Instagram」 は2018年8月に スタートし上林さんと 手島さんと森次 さん が担当している。 「サカたのジュニア」 の「Instagram」 は、2022年6月にスタートし手島さんと森次 さんが担当している。 言うまでもなく、SNS、全盛の世の中である。 みなさんもネット上で多くの情報を得ていると思います。 「ヨカたの」 も少しでも多くの人に活動を知ってもらうための発信を行っていま す。 そのことが、 みなさんを理解してもらうために役立つ 考えているか らです。 知らないことが 理解できないことが 時には、世の中で大きな問題に発展することが あります。 知る。 理解してもらう。 即効性のある「ヨカたの」インスタを これからもよろしくお願いします。

積み上げ

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  103,052 この数字の意味するところが想像つきますか? 2006年1月21日から始まったヨカたの ホームページのアクセ ス数 です。 17年と8ヶ月と4日の積み上げた数字です。 ホームページ の作成については、 当初から小野さんと平野さんに任せきりでした。    特に小野さんには、 システムの構築からドメインの獲得やサーバーの領域等全般にわた る仕事。   平野さんには更新のための写真や文章の作成。 「ヤマたの」 は、貞清さんがソースを集めてホームページの更新を担当。 それ以外の更新。 「サカたの」 「オンたの」 「ビたの」   まだ、「ノウたの」 「パンたの」は紹介していません。 そのため、載せていません。 などはスタッフの協力を得ながら、 小野さんと平野さんが担当しています。 らくらく連絡網は、「ヨカたの」 内部の情報発信ツール。 ホームページは、 外部への情報発信ツール 。 私たちの活動をより多くの方が理解してもらうためのホームページ 。 新規の受講者さんが必ず見ていただけるのが、 みなさんの笑顔の活動風景だと思います。 これからは 200,000 目指して更新してまいります。

「ヨカたの」を支えるもの

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 「 ヨカたの」の ツールとして「らくらく連絡網」があります 。 「サカたの」 の発足から利用している情報伝達用のツールです。 開催日の変更や注意事項など重要な皆さんへの連絡を行っています 。 皆さんからは、出欠の有無はもちろんのこと。 コメント欄を利用しての暖かい感想などいただいています。 私たちのようなボランティア団体にとって、 このツールは大変重要です。 常に、連絡が届けることができる状態。 常に、連絡を受けることができる状態。 コメント欄を利用して双方向に伝達できる状態。 この事は、 信頼関係 の養成に大きな役割を果たします。 みなさん・保護者さんに信頼していただいたからこそ、 長きにわたって「ヨカたの」は続けてくることができました。 信頼関係を作り出す事には、非常に時間がかかります。 信頼関係を継続するのは、非常に努力が必要です。 逆に、信頼関係を壊すのは、短時間に簡単に行われていきます。 難しいことですが、 皆さんに支えていただきながら歩いて行きたい。 もちろん、「ヨカたの」らしく 楽しみながら 。 みなさんも保護者もスタッフも 楽しみながら「モットー」です。

今回はトリニータとの関係

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 「 サカたの」についてふ れたいと思います。 昨日、 ウォーキングサッカー が行われました。 発足(2006年) 当時からトリニータさんの地域貢献活動で良い関係を築くことがで きています。 トリニータデー と銘打って サッカー教室 フットサル大会 ウォーキングサッカー大会 などと内容は変化しましたが、トリニータと言う冠を打って、 大きな行事を行えています。 みなさんも、 トリニータの選手やコーチスタッフと練習する姿は輝いていました 。 そして、 みなさんの笑顔はどんな笑顔よりも人を成長させる力を持っていま す。 日頃の練習会などで見られる以上の笑顔が見られました。 きっと、 トリニータ関係者の方にも清々しい満足感を持っていただいたと思 います。 第一回目のトリニータデーのスタッフ の中に、 昨日のトリニータ側メインスタッフの川端さんの顔を見ることがで きます。 長年、地域貢献活動に。 そして、 障がい者サッカー に携わっていただいてありがとうございます。 これからも、どうぞよろしくお願いします。

送りサービス(サカたのスクール練習会)

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スクール練習会が始まった2007年。 私は支援学校の現場から離れ、地域で子育て支援活動を行っていました。 ですから、スクールの受付開始17時に大分大学に駆けつけることが可能でした。 学生コーチたちと選手の到着を待っていると、 開始時間ギリギリに自転車で駆けつける、 親御さんがお仕事を終えてお仕事の制服のまま車で駆けつける、 JRの時間の関係で16時にはグランドに到着していたり(笑)、また逆にまさかの大遅刻・・・。 そこで、2008年からだったでしょうか。 そんな選手と保護者さんたちのために、数年間、スクールの送りサービスを行った時期があります。 オーイタレンタカー(現在のオーイタレンタル)さんで10人乗りを格安でお借りして、大在、鶴崎、明野方面を回り、大分大学まで。 (帰りは、自力または保護者さんのお迎えでそれぞれ帰っていきます。) 大変喜んでいただけたサービスでしたが、、、 私が再び支援学校でフルタイムでお仕事することになったため、サービスは数年で終了しました💧

サカたの スクール練習会

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 2006年5月から毎月1回、土曜日の午前中に実施していたサカたのを、水曜日の夕方17時30分から19時の時間帯でも実施することになりました。 土曜日の練習会を『普及練習会』、水曜日の練習会を『スクール練習会』と呼ぶこととしました。 場所は大分大学旦野原キャンパス。 コーチはもちろん大分大学体育会サッカー部の皆さんです。 初めてのスクール練習会は16年前。 2007年2月7日。参加は17名でした。 これで、毎週1回(月4回)サッカーができる環境が整いました。 (普及、スクール、普及+スクールと3つのコースが選べます) 保護者の送迎で、自転車で、JRを使って・・・ 様々な方法で大分、別府、臼杵、、各方面から選手が集まってスクール練習会が始まりました。

スタート 「ビたの」2

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 「 オンたの」 「ビたの」 はセットで開催。 「サカたの」 「ヤマたの」 はアウトドア。 逆に「オンたの」 「ビたの」 はインドア。 インドアである以上、箱が必要となります。 箱とは? 会場です。 「オンたの」 は大分県、身体障害者福祉センターで活動していました。 駐車場も 広く使いやすい施設ではありましたが、機材を搬入するのが大変で した。 そこで、再び附属特別支援学校です。 私のよく知っている副校長先生に変わっていました。 前回断られた 時に、優しく声をかけてくれた先生でもあります。   「いいで」  と一言でポプラの利用を認めていただきました。 これで、 午前中  「オンたの」      昼食を挟んで      午後、「ビたの」 方式が確立できました。 資材についても、楽器や絵の具など置いておくことができ、スタッ フの利便性も格段に上がりました。 みなさんも9時半から14時半まで。 お弁当を挟んで、音楽と美術を満喫。 保護者さんも9時半から14時半まで 自由時間を満喫。 三者にとって、win winの1日になることができました。 「オンたの」 橋本さん平野さん 「ビたの」 平川さん牧さんを中心に 大変なお弁当時間の見守りも 少し居残り、少し早出と各スタッフの協力により 過ごすこともできている。 後に2回目の附属特別支援学校の勤務で日程作りの仕事をするよう になりました。 その際、月の第一土曜日には、必ず 「ヨカたの」 とポプラの利用が記入されていることを知り感激しました。   スタッフの努力も素晴らしい。  附属特別支援学校のご支援も素晴らしい。 すばらしいが連続して、成り立っているのが 「オンたの」 「ビたの」 です。

スタート「ビたの」1

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今回は、「ビたの」  構想は、当初からメインスタッフの3人の中では議論をしていました。   「ビたの」 を任せる。    メインスタッフは私の中では平川さんしかいないと決めていました。  平川さんとは、同じ学年で勤務したことがありました。  何度も一緒に授業をさせて貰いました。    正しく名人芸です。  そのたびに、大変勉強させていただきました。       話術の素晴らしさ。          準備の素晴らしさ。         構想の素晴らしさ。       笑顔の素晴らしさ。     特に、美術の時間は、生徒も教師も楽しみにしていました。   およそ20年前の出来事ですが、今でも鮮明に思い出されます。   その平川さんにお願いしたく、何度も口説いたのですが、タイミングが合うのに5年の歳月がかかりました。   いつものファミリーレストランで打ち合わせをした時は、    待ちましたよ! の声 を何度も言ったことを覚えています。

スタート 「ヤマたの」2

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2010年の3月20日 第1回目 [霊山]に登りました。   みなさん、14名  ボランティア.スタッフ22名  36名での記念すべき登山でした。 この日を迎えるために、 スタッフは霊山に下見に行き会議を繰り返してきました。    予想以上に、ボランティアが集まり余裕を持った登山になりました。  それでも、上りは良くても下りが大変な人がいて時間がかかりました。  下山した後は、塚原鉱泉のお風呂を満喫して疲れを癒しました。    霊山は大分市民にとって重要な山で、大変登山道が整備されています。  それでも、下るのが難しかった コースやグループを考える必要に迫られました。  サカたの オンたの と同じく、みなさんの笑顔が そして、スタッフの笑顔も輝いていました。    移動については、オーイタレンタカー(現 オーイタレンタル)のサポートがあり非常に感謝しております。   これは現在においても続いていてます。 引き続きよろしくお願いいたします。

スタート ヤマたの 1

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 「スタート」ー「〇〇たの」のシリーズの第3弾。 今回からは「ヤマたの」です。 「スタート」ー「〇〇たの」のシリーズは、時系列で進めて行きます。 「パンたの」「ノウたの」まで行けば、一気に2021年まで進める。 そんな構想です。 「オンたの」については、また、掲載する機会がすぐに来ると思います。 ひとまず、今回は「ヤマたの」。 「山登りを通して楽しい時間を過ごそう」。 いつものように、ファミリーレストランで会議を持ちました。 代表の宇野さん・貞清さんと。 構想を語り、どんな思いをもつて始めるのかなど。 あふれるばかりの思いをお互いに感じることができました。 同時に、心配事もたくさん上がってきました。 ・サポート体制? ・年間何回? ・グループごとにコース設定? ・移動は? 現在も苦労しているテーマを2009年のファミリーレストランでも話し合いました。 語り合う中で、少しずつ形を作り、スタッフの中で煮詰めていく。 いつもながらの方法で、「ヤマたの」をスタートを試みようとしていました。

兵庫と秋田 ①

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話は前後しますが、、、 2008年の全国障がい者スポーツ大会(全スポ)が大分で開催される。 その大会の知的障がい者サッカー競技に大分県選抜チームを参加させる。 だから、 2006年の兵庫大会、2007年の秋田大会に 「いってきなさ~い!!」 となりました。 兵庫大会の大分県選抜メンバー 兵庫大会は三木市で行われました。 選手団 選手13名。(サカたのから7名、さつき園から4名、FCグリーンから2名) 監督は五所さん、コーチは伊達さん、戸山さん(さつき園)、横原さん(FCグリーン)、主務は平野。 選手団とは別に6名が視察ということで派遣されました。 視察メンバー 松尾さん、平野(和)さん、望月さん、大分大学教育学部特別支援教育コース学生2名、大分大学体育会サッカー部1名。 大分県選抜兵庫遠征のしおり 余談ですが、、、。 ①三木市は金物が有名。 でも、のこぎりや小刀をお土産にできず😂、、、 「金物は三木」としっかり書いてある爪切りを買って帰りました。 ②ホテルのバイキングで、なぜか毎食のように山盛りのライチ、、。大好きだということで、毎食、ライチばかりを食べていたさつき園のYさん。その量が半端なかったため、食後はトイレに駆け込んで・・・・😅。懐かしい思い出です。

スタート オンたの4

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 2011年8月6日。 この日から「オンたの」は、 現在の大分大学教育学部附属特別支援学校の日常生活訓練棟(通称 ポプラの家)で行われることとなりました。!! もう12年前か・・・・・。 当時のポプラの家 この実施場所の変更には「ビたの」のスタートが大きくかかわっています。 (「ビたの」のスタートについては、なかなかの物語がありますので(笑)またくわしくお伝えします👍。) 当時はこんな表示も! ポプラの家での「オンたの」は2023年現在も続いています。 メンバーさんの笑顔は今も輝いていますよ✨ 大分大学教育学部附属特別支援学校 様 いつも本当にありがとうございます!

スタート オンたの3

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 大分市にある大分県身体障がい者福祉センターをお借りして行っていたオンたの。毎月書類を書いて、場所を確保しました。 ここでの活動は、いいところ、大変なところ、両方が思い出されます。 大きな楽器は施設のものをお借りすることができました。 駐車場が広く、参加のみなさんやスタッフの車は安心してとめることができました。 また、この部屋は(たしか)会議室でしたので、下に敷くマットが必要でした。 そのため、この施設にあったものと、私の地域の公民館からお借りしたものを毎回車に積んで運び入れて使っていました。 当初は、現場の教員だけではなく、大分大学の特別支援コースの学生もスタッフとして参加してくれていました。 彼女たちにとっては、自家用車がないと寄り付きにくい場所だったため、大変だったかなぁ。 「音楽教室ではないんですょ」 音楽を、音を、そしてスタッフとの交流を。 ただただ楽しむ「オンたの」をご理解いただき、毎回増えていったメンバーさんたち。 あの頃の笑顔は今も変わっていない気がします。

2009

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 この年は、「ヨカたの」にとっては大事な年になります。 5月に「オンたの」 12月「大分県障がい者サッカー協会」が誕生します。 大分県障がい者サッカー協会 2008年のチャレンジ大分は、いろいろな人の努力で成功することができました。 詳しくは、また書くチャンスもあると思います。 その後は・・・・。 端的に言えば、予算が削減されました。 国からの予算。大分県からの予算。 それぞれが少なくなり、一つ一つの活動を見直すきっかけになりました。 また、大分県からの要請で、「協会」を設立することになりました。 少ない予算ですが、「協会」に配分された予算を上手に使ってください。 そんな指導だったと思います。 スポンサー企業 資金をどうするのか。 これは、「サカたの」にとって大きな問題でした。 サッカーですから、どうしても費用が発生します。 みなさんからの参加費や補助金でも不足しているところを補ってもらいました。 株式会社 大分フットボールクラブ様 みんなの大好きな大分トリニータのことです。グランドの確保やコーチや選手を派遣してくれました。 オーイタレンタカー株式会社様 送迎サービスのワゴン車やバスを無料や格安でお借りしています。 株式会社 森猛虎商店 牛乳販売を通して、活動費として益金をいただいています。 スポーツショップGO 練習着を格安で提供していただいています。 いろいろ支えのおかげで活動の継続が可能になっています。 これからもよしくお願いします。